鈴木 優 新人類世紀

新人類世紀 プロフィール いよいよ新人類の時代が始まりました【新人類世紀】は次世代へ活きる人と自然と共生をテーマとして、ブログ「鈴木 優 新人類世紀 土地親和論シリーズ」をお送りするとともに、次世代に活きる価値観や生活スタイルや日本のコンテンツに関する情報をご紹介します。

土地親和論 ‐ 割り切れないものを割り切ってはいけない進化論(その2)

前回のブログで数値の絶対化について書きました。

 

でも何か変ですよね。

だって、世の中割り切れないものが数えきれないくらいありますよね。

 

実はそんなこと誰でもわかっていると思うのです(稀にわかっていない人もいるかもしれませんが)。

 

ですが、割り切れないことに関して何らかの意思決定をしないといけないときにそれを便宜的に数値化すると、須らく科学的・合理的・客観的であるというお墨付きつまり対外的エクスキューズが出来るようになるという使い勝手の良い側面がありますので、特にある一定期限内で物事を処理しまた対外的評価を受ける必要性が多発するビジネスの世界では非常に重宝されるというわけです。

 

ここで私の専門である不動産鑑定を例に出しましょう。

不動産の鑑定評価は歴史もありそれなりの手法も長年専門家が議論を重ねながら積み上げてきたものですので、正当な鑑定により出た数値は当然根拠のあるもので社会的には合理的で信用の出来るものであることは言えます。

評価額でもって経済活動の一環として対外的な資産評価とし利用することは有効であります。

つまり数値化教の世界では有効であるというわけです。

 

ところが、一度数値化教の抽象的世界を飛び出して実像の世界に入ったらどうでしょうか。

その実像の世界では、例えばある会社が本社ビルを良い場所に市場価格で適正に購入した、その直後の疫病蔓延によるテレワークの永続化によりせっかく購入したビルが宝の持ち腐れになってしまう、などということが起きるかもしれません。

または世間からは高級住宅街と言われる地域で夢の一軒家を大枚払って購入したは良いが、その後謎の怪奇現象に悩まされ、恐怖にかられた結果二束三文で売り払ってほうほうの体でその家から退散する羽目になるかもしれません。

これまでこのようなことを言っても、迷信や極端な例などとしてまじめに検討されることはありませんでした。

ところが実際にはこのような例が意外とあるのです。

上の例では疫病をコロナに変えれば今現在起こっているところです。

 

当然このような例は数値化にはなじみません。

しかし実際には起こりえるのです。

しかも私の経験上意外とドラマチックな形で。

不動産特に「地」は、時として意思を持っているかのように振る舞っていると感じることが、その頻度は決して高くはありませんが確かにあるのです。

 

数値化は今の市場経済では非常に使い勝手のいいものです。

しかしこれまで書いてきた通り、この数値はあくまで物事を抽象化し素人にも見やすくする方便であり、いわば虚像の世界です。

ところが現在ではこの数値が肥大化し権威を持ち、まるで数値が実像であるかのように振る舞っています。

人々もその権威の数値を安心のために追い求め、良い数値を見て安住しています。

しかし数値はどこまで行っても虚像なのです。

イリュージョンなのです。

 

更にここにきて改ざんや数値にお墨付きを与える専門家の忖度や腐敗がようやく表面化し、その権威たる数値そのものが信用できないものつまり偽物の神であることが判明しつつあります。

私は、今回のコロナとワクチンの一件がこの数値の信用というものに今後決定的な評価を与えるものになるではないかと注目しています。

ですから私はこのブログでも最近ワクチンの話題をよく書いているのです。

 

ネット社会化による情報開示も重なり、腐敗を背景とした数値教つまり従来の私達が慣れ親しんだ虚像の世界が終わりを告げていくのです。

 

ではこれからは実像一本で行くか?

いやいやそれはあまりに呪術的で、今のテクニカルで複雑な近代社会にそれだけで対応することは到底出来ません。

それであれば答えは簡単です、実像と数値という虚像をバランスよく使っていくのです。

 

そのためにはまず一人一人が数値を見て安心してしまうのをやめましょう。

数値と実像は違うのですから。

数値はあくまで大切な指標です、目安です。

しかし、そこまでです。

それでは、そこから先、つまり実像にはどうやってアプローチするかです。

それには自らの奥なる本当の心、感性に頼るしかありません。

しかし、それにプラスして方法があります。

それはこちらから相手に働きかけてみる、話しかけてみる、ということです。

例え相手がものであったとしても、です。

 

今や虚像に頼る現状社会の限界が見えてきた以上、各自実像に向き合いそこから得られる情報をも活用する次世代に進んでいくしか選択肢はないのです。

上で不動産に関するオカルト的なトラブルを書きましたが、私達自らが対象となる不動産や地と真摯に向き合い対話する姿勢を持っていれば、不動産や地は私達の直感的気づきに働きかけるカタチで何らかの情報を事前に与えてくれたかもしれないのです。

もし何からの気になる気づきや出来事が起こったとすれば、そうした現象から得られる主観的な直感による情報も次世代では数値化と併用して活用していくということです。

私は、これは人の進化と呼べると考えています。

 

最後に、このようによろず実像に向き合うに際して、私の土地親和論も一つのヒントになろうかと思います。

もしよろしければ、下に備考として土地親和論を掲載しておきますのでご参考にしてください。

 

 

 

(備考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」