鈴木 優 土地親和論

鈴木優は、「土地親和論」を提唱し次世代における新しい社会創造のためには「地と人が一体であること」を実感することの大切さを説く。不動産鑑定士。不動産コンサルタント。

「人の子である」専門家を信じ込むという落とし穴とその後にくる情報開示(中編)

前回のブログの続きになります。

 

前回のブログではコロナや不動産の事例を上げながら、いわゆる専門家と言えども「人の子」、従って専門家の言うことを鵜呑みにすると思わぬ落とし穴に嵌る恐れがあることについて書きました。

 

今回のブログは、またワクチンの話しに戻ることから始めます。

 

お医者さんは医学の「専門家」です。

当然今回のコロナやワクチン接種に関しては、専門家として素晴らしいアドバイスを与えてくれることを期待されていますし、また実際日本人はお医者さんに対する信頼性は高く、ワクチン接種などではテレビに出てくる専門家やかかりつけのお医者さんのアドバイスに疑いもなく従っている人も多いようです。

 

しかし、です。

これまでの経緯を見てみると、実際はかかりつけのお医者さんがそもそも免疫などは専門外で単に地元の医師会のガイドラインに沿って動いているだけであったり、またテレビに出てくる専門家がそもそも何某かの利害関係のある立場や方向性を持った人たちに偏っている可能性はあったりと、いわゆる「外部からくる影響」のもと忖度された行動や言動を取っている「専門家」も少なくないのではないでしょうか。

 

しかしそのような「専門家」でも、一般の人たちに説明する時は「なんでもわかっていて、自分の利害を顧みず社会正義のために身も心も捧げている清廉潔癖な大聖人」というように見えてしまうことが、「専門家」という衣に包まれているが故に意外と頻繁に起こってしまうものなのです。

 

実はこの現象が現在のピラミッド構造を持つ「物質偏重」な価値観社会の一つの大きな盲点なのです。

具体的に言えば、科学的、社会的、合理的に構築された資格を保持するこれまた科学的な権威に守られた各分野の知識見識的に頂点の領域に立つ「専門家」と言われる人が、常に理論的かつ聖人的に動くわけではないというわけです。

 

つまり物質偏重的価値観で作られた現代の諸々の専門家制度においては、人々も心が無い機械のように合理的に動く(また通常専門家つまり資格保持者はそのように動かなければならないという規定が法律的にされています)ということが前提となってその基本部分が造られてきていることが多いですが、実際にはその中のプレーヤーは生身の人間であって常に合理的に動けるわけではない、という限界があるということです。

 

ところで、これからコロナやワクチンについては徐々に「情報開示」が進んでいくということは、現状の流れを見れば既定の路線になっているかに思えます。

 

この情報開示の過程で上で言った近代的な物質偏重価値観の限界が、「医療の専門家による人間臭い理由によるその信頼に対する期待外れの行動の露見」というカタチで人々に突きつけられることになろうかと思います。

 

恐らくこの情報開示は多くの人の価値観に大きな影響を与えると思われます。

そしてその現実の中で来年以降、人は目に見える物質的な価値観を指標として行動する機械ではない、人には目に見えない抽象的な「情」というものも必要である、という至極当たり前の「常識」の必要性が改めて社会的にクローズアップされてくることになろうかと思います。

 

更にその動きは我ら不動産の世界にも当然波及してくるということです。

 

これが、私は「土地親和論」を提唱する一つの理由にもなっているわけですが。

 

では、もし「専門家」の意見が期待するような役に立たないとすると、どうしたらいいのでしょうか。

そして「情」はどのようなカタチでクローズアップされるのでしょうか。

 

続く

 

(備考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」

「人の子である」専門家を信じ込むという落とし穴とその後にくる情報開示(前編)

今コロナワクチンのブースターショットが良く話題に上ります。

私はテレビをあまり見ないのですが、時折見るテレビのモーニングショーや周囲の人間やネットの情報等によれば、テレビのワイドショーなどではこの分野の専門家という人が出てきて、コロナワクチンやブースターショットの内容、またその有効性について説明している光景を見る機会が少なくないようです。

 

またワクチン接種の可否については、医療の専門家であるかかりつけ医に聞いて判断するように、というアドバイスも良く耳にします。

 

ところで、ここで良く出てきた単語があります、そうです「専門家」です、良い響きです。

「専門家」、まるですべてを知る村の長老かはたまた魔法使いのような、一般の人には近寄りがたくまた逆らうことが許されない神聖な権威も感じさせる言葉でもあります。

 

実はかく言う私も「専門家」の端くれです。

一応「不動産鑑定士」という資格を持っていますので

この資格を知っている人には、私は不動産に関して宅地建物取引主任者より上位に位置するそれなりの見識を持っていると期待される人物、つまり不動産の「専門家」ということになります。

 

しかし社会常識としてかく言う不動産の「専門家」と言われる私ですが、不動産に関する幅広い諸事情に関して「知っているか」というと、現実はそうではありません。

幸い現在の私は鑑定評価の現場にいるわけでなく、また不動産業界や特定の不動産会社に深く関係しているわけでもなく、ただひたすら今の社会では異端で逆張りとも映るような「土地親和論」を唱えているだけでそれ以外は知らないことは知らないと気軽に言える立場におりますので、知らないからと言ってそれほど社会的に害悪な存在になっているわけではないと思います。

 

またそんな立場ですので、例えば「今投資対象として不動産が人気と言われますが、どんな不動産に投資したらいいでしょうか」と素人に近い人に問われて、「危ないから止めとけ。そもそも不動産を投資の対象とするなど近未来の次世代的価値観から言ってもっての外のこと」などと平然と答えることが出来てしまいます。

 

しかし、これが現在の不動産業界の第一線にいる「専門家」となると話は違ってきます。

例えば大手不動産会社に所属している「専門家」が時々テレビに出てきてコメントする時がありますが、そんな時仮に心の内では私と同じような持論を持っていたとしても、赤裸々に「不動産投資など売り時が大変難しい、だから今は危険だから止めとけ」とは言えず、せいぜい「現在の不動産は一部で投機的動きがみられるところもありますので、あくまで個別の物件主義で慎重に投資対象を選別していく必要があります。ですがそこさえ間違えなければ現在から将来にわたって不動産は有望な投資対象であるということは変わりありません(ですので弊社のご提供する有望な物件に安心して投資してください)」というような表現しかできないのです。

 

そうです、「専門家」と言えども「人の子」なのです。

自分の現在の立場や自らを取り巻く様々な制約のもと、「専門家」として果たすべき法令に違反しない範囲で逃げを打ちながら、自らの関係の深い先に忖度した行動や言動を取らざる負えない時があるのです。

それも優秀な専門家であればあるほど、しばしば。

特に相手が素人に近い時は相手が疑問を持ちにくいのを良いことに、(本当に傷つけたくない自分に極めて近しい相手以外に対して)尚更。

 

もちろんすべての「専門家」がこのようであるとは言いませんが、今のご時世正直な「専門家」はあまり珍重されていないようです。

 

専門家の言うことを鵜呑みにすると思わぬ落とし穴に嵌ってしまうことも少なくないということです。

 

ここで話しをワクチンに戻します。

 

続く

日食と2極分化と新しい時代の息吹

昨日、ここ日本では見ることが出来ませんでしたが、南極等を中心に日食がありました。

先月月食をテーマにブログを書きましたが、日食も今年の5月に続いて年内2度目ということになります。

 

ところで以前のブログでも書きましたが、日食や月食といった現象は、上で日食が本年2度目と言った通り意外としばしば起きています。

しかし、やはり月が隠れたり太陽が隠れたりするのは人間の目から見て特異な現象でありますので、占星学等の世界では特別な意味が持たされているようです。

 

今回の日食も先月の月食同様、約2000年ぶりと約200年ぶりという特異な星の巡りの変化が生じはじめている最中に起こったことでもあり、私は今後の世界の有様が大きく変わっていくことを示唆しているものであると感じています。

 

では今回の日食にはどのような示唆があるのでしょうか。

それに関して私なりに調べてみますと、日食は通常は時の権力がその力を失うという意味を孕んでいるようですが、今回の日食はそれに加えて世界の新しい夜明けという希望的な展望も孕んでいるようです。

 

ただし新しい世界の空気は人間全員が感じることが出来るわけではなく、その空気を感じて新しい世界に進んでいく人と眠ったままの人に別れていくようです。

まさに映画マトリックスの世界です。

そうです、ここでも2極分化というキーワードが出てくるのです。

 

いわゆる「目が覚めてしまった人々」にとってこれから世界はどのように変わっていくのか気になるところですが、そのテーマは私が以前から申し上げているように物質偏重な価値観からの脱却とそれに伴う精神的価値観の地位向上、つまり人が自らの「本当の心」と繋がることの大切さの再認識ということになるのは間違いないと思います。

 

今の世界的な環境への取り組みを見ても、欧州を中心に精神的な価値観を見直す流れがその底流にあることが良くわかるものになってきていると思います。

しかし私は、西洋とは違う東洋的か価値観を心のDNAに持っている一人の日本人として、今の世界的な環境運動の先にある更に奥の深い精神的価値観の探求とその復活を模索する旅というものをしてもいいのではないかと思っています。

世界的な環境問題への取り組みに、日本人独自の視点と価値観により更に一味加えて深みを与える、そんなことも日本であれば大いに実現可能なのではないかと思いますし、また日本や日本人の役割でもあるのではないでしょうか。

 

皆様、責任重大かもしれませんよ。

 

最後に備考として私の「土地親和論」を掲載させていただき、本日のブログは終わりにさせていただきます。

 

(備考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティーを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」

 

 

 

12月は情報開示と二極分化

今年の夏「8月から起こりそうなことの予告編」というブログで、私は今後のテーマは情報開示になるような気がする旨を書きました。

 

今日は12月1日、あれから約4か月がたちましたが、社会的には情報開示のテーマは続いているようです。

 

振り返れば、8月~10月まではマスコミによるコロナの恐怖を煽る報道が全開で、多くの人は心の余裕が持てなかったように見えました。

しかし、その間でも情報開示は着々と進んでいたように感じています。

具体的に言えばマスコミによるコロナの恐怖煽りが余りにも極端でしたので、それにより比較的冷静な人たちの間でマスコミの流す情報の信用性が失墜したという意味で、大きな情報開示があったと理解できるかと思います。

表面的には綺麗ごとを並べているマスコミの本質が、遂に垣間見えてしまったという感じでしょうか。

 

更に11月以降ようやく薬害的な情報もチラホラ表面化してくるようになり、もともとワクチンに懐疑的であった人たちは当然として、これまでワクチンにそれなりの信用をもっていた人の中からも、今のコロナ騒動をやや引いて見るような人が出てくるようになってきたのではないでしょうか。

 

そしてオミクロン株の出現です。

 

例のごとくマスコミはオミクロン株の恐怖を煽っていますが、世間を見渡してみればこれまでと同様オミクロン株の恐怖に金縛りにあって周りが見えなくなっている多くの人がいる反面、この騒動をちょっと引き気味の体勢で「今度はオミクロンか」と俯瞰している人々も一定程度出てきているようで、オミクロン株が出てきたことにより人々の2極化も更に進んでいくのではないかということを感じさせる状況になってきています。

 

また海外を見て見れば、アメリカの分断が目立ちますが、それ以外では欧州の一部の国やオセアニア、カナダといったところで、ワクチン接種を巡って政府によるまさに全体主義といった民衆への圧迫の状況が巻き起こっています。

そして、当然それに対する反対運動も激化しています。

 

これも情報開示です。

口ではやれ民主主義だ自由だ平等だと耳障りのいいことを並べてきた欧米のいわゆるリベラルが、とんだファシストだったというオチです。

欧米型の民主主義も、一皮めくれば前近代的な王政や貴族政治が地下水脈で続いていたということが露見しつつあるということかもしれません。

 

ただしこの動きについても日本のマスコミは報道しません。

 

ま、本当、色々な情報開示、というか「正体見たり」、という事案が次々出てきます。

そしてその出現が加速しています。

そしてそれらの情報開示への感度を巡って、人々の間の2極分化も加速しているようです。

 

以上主にコロナ騒動を巡る情報開示と2極分化について書いてきましたが、年末はこの騒動にプラスして金融、食料、物流と色々な問題が噴出しそうです。

私の専門である不動産でも、(その時期はともかく)恒大の破綻を始めとした中国不動産バブルの崩壊は当たり前として、今活況と言われている日本の不動産も需給が崩れることになるでしょう。

更に、これら一連の変動もコロナ騒動と繋がっているということが、徐々に情報開示されていくことになろうかと思います。

そしてこの変動の中でこれまで知らなかった情報に触れることで、新たな「目覚める」人たちが出てくるものと思います。

 

巷の噂の中に、この年末から来年の初めにかけて、各個人個人が今後どのような世界に進みどのような道をたどっていくのかについて決定的な分かれ道に差し掛かっている、というものがあります。

 

現在の情報開示に対する人々の感度の2極化の状況を見ていると、あながちこの噂も無視できないとも感じてしまいます。

 

一方この先を見れば、この混乱した年末を抜けいよいよ来年は「物質から心へ」をテーマとした新しい時代が、少なくとも人々の深層の心理の世界では始まるということになりそうです。

そしてその中で、日本では新しい「人の在り方」と「社会の在り方」を模索していく動きが、「目覚めた」人々の間で顕在化してくることになろうかと思います。

 

私の提唱する「土地親和論」もお役に立つ時が来るかもしれません。

 

 

自然と人工のバランスについて六本木で感じたこと

昨日、久しぶりに東京の六本木にあるミッドタウンの公園(正式には東京都港区の檜町公園という名前の公園だそうです)に行ってきました。

 

ここ東京では今週に入って朝晩冷え込むようになってきましたので、公園のモミジが色づき始めていて(この公園は東京の都心で有数の紅葉の見ごろスポットではないかと私の中では秘かに思っている場所です)とても綺麗でした。

 

例年と変わらない紅葉のさまを見て、世間ではやれコロナだワクチンだオリンピックだ岸田総理だ選挙だとこれまで色々とせわしい年でしたが、そんな人間世界をよそに自然は今年もしっかりと息づいているのだなということを改めて感じ、私のような捻くれた心の持ち主でさえ洗われたような心地になりました(因みに檜町公園はかなり人工的に造られた公園ですので、「それでもその中で木々は自然の息づいた姿をしっかりと顕わしていた」という表現が正しいかもしれませんが)。

 

と思ってふと隣を見ると、何と人工のスケート場がオープンして男女の若者がきゃっきゃと楽しそうに滑っているではないですか。

公園はまだ晩秋の紅葉の途中だというのに、その隣で若者は早くも人工の冬の仕掛けによる遊びに興じているのです。

 

おまけにミッドタウンの中ではクリスマスソングが流れています。

 

なんだか私まで楽しい気分になって笑みがこぼれてしまい、これはこれで秋と冬の楽しい気分が一挙に味わえてアリかなと思いました。

 

ミッドタウンにおけるたわいもないひと時でしたが、自然と人間の作った人工物が何気なく共存して馴染んでいるという光景は、今後の人と自然が共生していく新しい仕組みを考える上での一つの鍵を示しているのではないかと感じました。

 

その鍵とは、「さり気なく無理なく」共存しているということです。

 

そうです、「さりげなく無理なく」共存しているということは、ことさら一部の声の大きい張り切り者が高い理想を掲げて共存していくべきということを喧伝したり他の人に強制することもなく、またそこで集う人々も施設も別にこれ見よがしな大仕掛けを施すわけでもなく(事実スケート場もただのそっけないスケート場です)、ただただ自然と人工物と人が溶け合っている、という姿です。

 

この無理のない姿こそが、これから目指すべき「共生」のカタチということになるのではないでしょうか。

 

そして、結局私のブログは「土地親和論」に行きついてしまうのであります。

 

 

(備考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」

月食と今後の方程式(今後の方程式編)

前回のブログの続きになります。

 

今回のブログでは、私の考える5次元の世界について書いてみたいと思います。

 

まず5次元の意味からですが、ここでは当然ですが数学的な厳密な定義として5次元と言っているわけではありません。

「目に見える物質的な世界」を便宜的にこの世の平面的な(本当は立方ですが、)3次元の世界として見立て、一方「目に見えない世界」は陰陽つまり天と地の2つの世界に見立てられることが多いのでこれを2次元とし、合計5次元とした次第です。

 

目に見えない世界は私達の精神の奥深いところにある本当の「心」と繋がっていますので(これにつきましては私の過去ブログでしばしば触れさせていただいておりますので、ここでは詳細の説明は省きます)、5次元の世界では人々の心の持ちようによる影響力がこれまでより格段に大きくなると考えられます。

裏を返せば、人々の価値観が物質的なものからより精神的なものへとシフトするということです。

 

したがって今回の月食では、人々の精神の深層においてモノからココロへと価値観がシフトするという変化が起きるということが示唆されているというわけです。

この変化は前回のブログでも書きましたが約2000年ぶりと200年ぶりの星の巡りの変化と相まって起こるだろうこの世の大変動の本格的な顕在化の口火を切るホイッスルとしての機能を果たすことになろうかと思います(この辺りの詳しいことは、過去の私のブログでしばしば触れておりますので、ご興味のある方はご参照ください。また前回ブログでも書きましたが、私が今回の月食をことさら変化の初動として取り上げたのも、この全般的な大変動期の最中に起こった月食であるということが背景にあります)。

 

ですから、「5次元の価値観」というカタチに人々の深層の価値観が変わるということは、そのまま社会や経済の仕組みやこれまでのやり方を根底から変えていく原動力にもなっていくということに繋がります。

 

実はこの動きはコロナの到来とともに始まったと考えられますが、この月食以降はおよそ鈍感でなければどのような人々にも感じることのできる変化として表れてくるということかと思います。

ただし、この変動にはコロナやワクチンあるいはこれまで常識とされていたことに関するこれまで見えてなかった情報の開示(その多くはあまり気持ちのいいものではないはずです)が密接に絡んできますので、今後は各自見たくないものに目をそらさず現実を直視する勇気と英知が求められることになるでしょう。

もし現実を直視することが出来れば、いかにこの世が目に見える世界の因果関係だけでなく、神の妙義のごとくの意味にある偶然の一致や善悪入り乱れた深淵なるシナリオの展開が頻発し始めていることかということに気が付くはずです。

 

これから急速に戦後通用して来た電通的なステマややらせの広報活動による「信じこませる」や「イリュージョン」の魔術を使った人々の操作が効かなくなっていきます。

いやより正確に言えば、今まで通り魔術にかかってしまう3次元的価値観で留まり続ける人々と、自らの本質を知ろうと葛藤する5次元的価値観に進化し移行する人々(当然こうした人々に魔術は効きません)に2極分化していくことになるでしょう(既に2極分化は明らかに始まっていると考えられますが)。

そして当然今後は(紆余曲折はあるにせよ)適者生存の働きのもと3次元的価値観の人々は社会的に淘汰され、徐々に5次元的価値観が色濃い社会に移行していくことになっていくということになります。

 

したがって、今までの延長線上の3次元的な観念のみで活動や商売を続けていくところは、急速に滅んでいくことになるかもしれません。

一方今までとは打って変わって力を発揮するようになるのが、「本当の心」ということになります。

日本人得意の「おもてなし」や「心の籠ったお菓子のようなモノづくり」などもその範疇に入ります。

ただここで注意しなければならないのは、例えば「おもてなし」はお客様だけが対象ではないということです。

つまりこれまでのように客をもてなすため経営者が薄給の従業員に過重な労働を強いるなどという蛮行は、5次元世界の「おもてなし」では断じてないということです。

経営者も従業員も客も皆が皆をもてなす姿、この姿が「おもてなし」ということになるのです。

またもはや3次元偏重の世界ではないのですから、いくらモノづくりに心がこもっていても、その商品を売ることだけでは生業が成立しなくなると考えられます。

何故なら、5次元的価値観ではそもそも人々の所有欲や自己顕示欲が減退しますので、モノをあまり買わなくなります。

ましてやお中元お歳暮や付け届けなどの表面的な権威や付き合いのための習慣は早晩廃れていく可能性があります。

その反面、モノづくりのプロの心の込め方には大いに興味が注がれることになるでしょう。

したがって、今後はモノを造ったりサービスをしたりする過程における心の込め方を伝えることも、一つの経済活動として定着すると考えられます。

 

上でも書きましたが、日本はそもそもモノに心を籠めることについて世界一得意な民族であると思っています。

これからの世界においてこのような日本人の特性は大いに優位性を発揮するものと考えられます。

私が以前から「日本コンテンツ」の活用に(通常の人々が考える以上に)注目してきているのも、以上のことが背景にあります。

今後は5次元的な文脈の中での「日本コンテンツ」活用の具体的な手法を検討していく必要があろうかと思います。

 

幸い今はネットがあります。

今後ネットを活用した「心の込め方」を伝授するサービスが栄えることになりそうです。

時代が変わる直前にネットという情報ツールが出てきたことは決して偶然ではなく、時の巡りの中での必然であると解釈できますので、今後ネットを始め新しい情報ツールやドローンや3Dプリンター等のテクノロジーの活用は、今まで以上に重要になるでしょう。

 

何か後半は経営コンサルタントみたいな書き方になってしまいましたが、私は決してその筋の専門家ではなく、ただ月食を端緒として現在の経済社会情勢、星と時の巡り、心のあり様等を俯瞰して見た結果、「心の込め方」を一つのコンテンツとして見立て発信していくことの重要性に思い至ったという次第です。

 

尚最後に、これまで簡単に「心」と書いてきましたが慌ただし日常の中で自らの本当の「心」に触れていくことは至難の業になろうかと思います。

そんな時、私が提唱している「土地親和論」の実感とその実践は幾ばくかのお役に立てるのではないかと思っている次第であります。

 

 

(備考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティーを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」

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月食と今後の方程式(月食と5次元世界編)

この11月19日に、ここ日本ではほぼ皆既月食と言われてもおかしくないほど月が隠れた月食がありました。

今年は5月にも月食があり年内2度目ということになります。

 

ところで日食や月食といった現象は、上で月食が本年2度目と言った通り意外としばしば起きています。

 

しかし、やはり月が隠れたり太陽が隠れたりするのは人間の目から見て特異な現象でありますので、占星学等の世界では特別な意味が持たされているようです。

特に今回の月食は、約2000年ぶりと約200年ぶりという特異な星の巡りの変化が生じはじめている最中に起こったことでもあり(この辺りの詳しいことは、過去の私のブログでしばしば触れておりますので、ご興味のある方はご参照ください)、私にはこの世の大変動の本格的な顕在化の口火を切るホイッスルとしての機能を果たすことになる可能性も秘めているとも感じられています。

 

まず今回の月食の意味についてですが、ネット等の情報を総合して概観したところどうやら人々の深層の意識に変容が起こるといった解釈が多いようです。

 

時あたかも現実の社会では、コロナワクチンの強制的な接種を巡って欧米やオセアニアでは国家に対して非常に多くの民衆が連日抗議活動を繰り広げており(日本では報道規制がされているようで、一般の日本人はこの事実を知らないようですが)、また中国では恒大問題に端を発した不動産と経済の問題と更には食糧や燃料不足の問題が深刻化しつつあり、アメリカやイギリスなどでは悪性のインフレが顕在化して金利上昇と金融不動産バブルの崩壊間近の様相を呈し、また今だトランプ支持者が国民の半数以上を占めるアメリカでは政府の財政危機問題がこの12月にクライマックスを迎えるのではという観測が深まる等、産業革命以降拡大してきた金融資本主義体制の終焉を予感させる出来事が世界的に巻き起こっています。

 

また昨今の混乱したコロナとワクチン接種問題は、政府、大企業、マスコミ、医者、科学者、知識人、宗教家、更に国連、WHO、IOC等の国際機関等従来権威と言われた人々や機関に対して、多くの人々の間で信用が失墜してしまうといった現象も起きており、これまで治験中という特権のもと隠されてきたコロナワクチンの中味に対する情報がネット等により(主に英語を介して)洩れれば漏れるほど、上で書いた信用を無くす人の数が増えていくといった現象が特に先進諸国で勢いを増しています。

(ただし、ここ日本は例外的に平和です。これは日本では英語の情報に直接触れて理解できる人が少なく一般的な大衆の情報鎖国状態が続いており、国内の行政やマスコミや医師に対する信用が比較的高いことで情報の統制がまだ効いているということが背景にあろうかと思います。ただし色々な実害がより現在化してくることが想定されている年明け以降も今の状態が続くかはわかりませんが)

 

以上のような全般的な世界情勢のもと、今後人々の価値観が否応なしに変化せざるを得ないという状況に陥る可能性は大いに考えられます。

 

今回の月食は、今後起こるであろう現実社会における価値観の変化が、今人々の心の深層で先取りして起こってきているということを示唆しているとも解釈できます。

 

因みに月食の2週間後の12月4日には日食があります(日本では見えないようですが)。

占星学的解釈では、日食は権威の失墜を示唆するようです。

 

上で書いたように既に権威の失墜現象は起きています。

12月以降その現象が燎原の火のごとく更に世界的に燃え広がるということも考えられるということです。

 

占星学をどこまで信じるかについて個人差があると思いますが、占星学は天と地のシンクロニシティの様相を表しているところから、私自身は完全には無視することは出来ないと思っています。

実際この世界のいわゆる指導的な階層の人々がその意思決定の過程において占星学を利用しているという伝聞は、しばしば聞かれるところでもあります。

 

いずれにしましても月食が示唆するような人々の深層の心理の変化が起きつつあるとすれば、今後経済や社会的活動を行う際には過去の成功体験や事例を参考とするのではなく、人々の価値観の変化を新たな変数とした新しい方程式を組み立てる必要があるということになります。

 

では、どのような方程式を組み立てる必要があるのでしょうか。

私はその鍵は金融資本主義の終焉にあると見ています。

 

金融資本主義は、いわば目に見える3次元の世界を基に成り立っていました。

3次元社会の基本は物質偏重です。

要は物欲つまりモノに執着させる、あるいはモノを買わせるということが基本となっているということです。

しかし私は、これからはその「目に見える物質的な世界」3次元にプラスして、人が持つ物質以外の情報つまり心(精神)という「目に見えない世界」の情報(私はこの情報は天と地に繋がるものと考えています。詳しくは備考の私は提唱する「土地親和論」をご参照ください)の2次元をプラスして5次元の世界を基にしていくと考えています。

 

では私が考える5次元の世界とはどういうものかについて次回のブログで書いていみたいと思います。

 

続く

 

(備考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティーを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」