鈴木 優 新人類世紀

新人類世紀 プロフィール いよいよ新人類の時代が始まりました【新人類世紀】は次世代へ活きる人と自然と共生をテーマとして、ブログ「鈴木 優 新人類世紀 土地親和論シリーズ」をお送りするとともに、次世代に活きる価値観や生活スタイルや日本のコンテンツに関する情報をご紹介します。

土地親和論 ‐「私は土地親和論を授かった」ということについて

これまでたびたびこのブログで土地親和論(土地親和論の内容は最下記の参考をご参照ください)というものを提唱してきました。

土地親和論についてはこのブログの6月21~23日にかけての「土地親和論とは」シリーズと、7月6~20日にかけての「ついに心とモノのバランスをとるものとして」シリーズに基本情報を詳しく書いておりますので、ご興味のある方は是非ご参照いただければと思います。

 

ところで6月21日のブログで書きましたが、私はこの「土地親和論」という概念につきまして「閃き(ひらめき)」というカタチで私の奥なる本当の心から授かったものであると実感しています。

昔の人はことによりますとこのような場合「神様」から頂いたと言うかもしれませんが、時は現代でしかも私が自ら閃いたことですので、やはり私の奥なる本当の心から授かったという方がここではよろしいかと思います。

 

そして昨今のコロナとワクチンの展開を見て、私は私が土地親和論を授かった意味がここにきてやっとわかってきました。

いや既に理解はしていたのですが、それが完全に得心できた状態になったという方が正しいかもしれません。

 

上に書いたコロナやワクチンの展開を含めた現在の国内外の情勢を見る中で、現代社会は近代化という物質への極度に偏重した価値観のもと本当に行き詰ってきたと私は今ヒシヒシと感じています。

そしてこの行き詰った現状を突破し次世代社会へと進んでいくには、精神的価値観を再評価して社会やその構成員たる個々人において精神と物質の折り合いを取ることつまりバランスを回復することが必要不可欠になっていると確信しています。

これをもう少し具体的にいうと以下のようになります。

これまで物質面を分析研究し創意工夫しながら活用してきた、つまり人々の学により大いに発展して来たということは確かに事実ですが、その果てに人々の学が一番偉いと奢ってしまい行き詰ってしまったというのが現在の状況だと私は理解しています。

人々の学、つまり物質的な目に見えるものからの情報に偏重したままでは立ちいかないということが、ようやく判明してきたということです。

ではどうしたら良いでしょうか。

その答えは、視野を広げ情報量を増やすことです。

そのために従来の自分の外からの目に見える情報だけでなく、自分の心の内からくる目に見えない情報もその意義を認め活用する、ということが必要になります。

これを言い換えれば、大自然が人々に恵んでくれる豊かな情報を素直に受け入れるということになります。

古の人たちは知っていた「知恵」です。

この古からの知恵が、近代化の中で人々の学がすべてを解決できるという奢った幻想を持ってしまったことにより、今は置き去りにされてしまっているということです。

ですからこの知恵を復活すれば、これまでの1本足情報が2本足情報になるというわけです。

更にこの2本足情報を活用出来れば、これらのバランスを取るために今は隠されている英知である真なる万物の共生という1つの柱が見えてきます。

もうお気づきの方あるいは感じている方も沢山いらっしゃるかと思いますが、今この社会は従来の1本足情報社会の行き詰まりを契機として、2本足情報社会へと脱皮を始めています。

この脱皮が始まった故の混乱が今巻き起こっているということです。

そしてこのような社会の新たな次元への脱皮の中で、2本足情報に気が付いた人たちはそうでない旧来の1本足情報の世界の価値観に執着しその世界から離れられない人達に対して「脱皮して進展する」あるいは「古い英知の再発見を達成しそれを活用していく」いうことになっていくのです。

新しい社会は、最初は極々少数かもしれないいち早く2本足情報に気が付いた人たちの間の草の根的なコミュニケーションにより、その創造が始まっていくということになるでしょう。

その場合フロンティアということで苦労は多いでしょうが、対象となる人たちにとってはそれが人生の役割ということなのです。

 

そしてその2本足情報への入口は当然一つではないのですが、この「土地親和論」の概念を実感し実行していくことも有用な入口となる方法であるということです。

私が行うことはこの大切な授かりものである「土地親和論」の提唱を通して、出来るだけ多くの方にその方なりの「親和論」を実感し2本足情報を活用していただくきっかけを造っていくことです。

より多くの方がその方なりの「親和論」を実感されれば、脱皮した多くの方々が上に書いた英知の柱を基盤とした水平的な助け合いによる次世代のコミュニティ型社会の模索と創造の航海へと力強く舵をきっていくことが可能になるということです。

もちろんこの次世代社会造りの航海にも私は是非参加していきたいと思っています。

 

これが私が「土地親和論」を授かった意味ということになります。

 

「土地親和論」のような概念はまだ社会的に極めて少数のスタンスであろうかと思いますが、この「親和」的なスタイルは今後巻き起こる社会変動の波の中で必ず「響く人には響く」というものになっていくでしょう。

ですから、私は私自身のためにも「響く」皆様のためにもこの「土地親和論」を提唱していくということです。

 

従いまして、今後も折に触れてこのブログでも「土地親和論」の各論のようなものを書いていきますので、もしよろしければ引き続きお付き合いいただければと思います。

 

 

(参考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」

菅首相に思うこと

昨日菅首相総裁選出馬せず、つまり首相もお辞めになるということが発表されました。

 

首相在任1年。

大変な時期にお疲れ様でした。

 

ところで、私は正直言いまして菅首相の支持者ではありません。

しかしだからこそ第3者的な感覚で見れたのかもしれませんが、アメリカでバイデン大統領を訪問したあたりからでしょうか、何かに圧迫されやるしかないという表情をすることが時折出てくるようになったと感じていました。

要するにやりたいことをしているのではなく、好きでもないことを否応なくやっている表情です。

それがG7後更に顕著になり、またその頃から暗く思いつめたような表情も加わったように感じていました。

丁度菅首相が何か開き直ったような感じで、コロナワクチン一本足対策に本格的に舵を切った時期と重なります。

その頃からマスコミもワクチン接種を声高に呼びかけ始めました。

退路のない菅首相周辺がマスコミに号令をかけたのでしょうか。

 

そして、ワクチン接種後のイスラエルの惨状が見えてきたつまりワクチンの効果と安全性が評判倒れである可能性が明らかになってきたここ1~2か月ぐらいは、まるで何か死神に取りつかれているような、はたまた何かぬぐい切れない罪の意識を感じているかのような極めて暗い苦しい表情を始終浮かべるようになってきたように感じています。

 

上でも触れましたが、ここ最近ワクチンの効果や安全性についての様々な疑問符が、色々な方面からの情報開示を伴いながら(ワクチン接種未接種を問わず)既成概念に捕らわれずかつ問題に正面から向き合うことのできる賢明な人々の間で巻き起こっています。

菅首相のこれまでの表情の移り変わりや今回の首相退任決断の事実からも、ワクチン接種に関してその草の根信奉者の気力を萎えさせるような情報開示が今後重ねて起こっていく可能性が極めて大きいことが伺い知れます。

もしそうなれば多くの人々に衝撃がはしり、茫然自失となる人も少なくないでしょう。

また社会的経済的影響も大きく、社会の仕組みの根幹にかなわるような変化が起こる契機となるかもしれません。

 

しかし、ここで忘れてはいけない重要なことがあります。

それは、何が起ころうと私達は生きていくということです。

私達は進んでいくのです。

そしてその中で何があっても生きて前に進んでいく人は強いのだということを、改めて認識するのでしょう。

私はそう信じていますし、断言します。

 

ただし今のように行く先大きな嵐が起きそうなときは、あらかじめ心の準備はしておく必要がありますよ。

情報の地道な収集も必要ですよ、例えそれが自らにとって見たくない情報であったとしても。

私達は嵐の中でも、生きていくのですから。

 

繰り返しますが、私達は意外と強いと思いますよ、心も身体も。

工夫は必要ですが。

この工夫については私も調べ考え感じて、引き続き私なりに発信していきたいと思っていますので。

 

 

 

土地親和論‐200年に一度の歴史感覚と今は不動産も何も様子見の時(その2)

私達は歴史的時代に生きている、昨日のブログの最後で私はこう書きました。

 

このブログを読んでいらっしゃる皆様は当然今現在生きているわけですから、私の主張がしっくりくるかどうかはそれぞれご判断してください。

ただ、私は私達が今歴史的時代に生きているということを確信しています。

100年先の教科書に大見出しで載るような変化を伴う時代です。

もちろんコロナワクチンが巷の一部で懸念されているような大規模な薬害事件に発展するようなことがあれば、足尾銅山鉱物事件や水俣病のように教科書に残るでしょうけれども、私がここで教科書に残るというのはそういう意味ではなくこれから起こる社会変化に対してです。

 

昨日も書きましたが、現在政治、マスコミ、行政、医師、大企業等の社会的権威に対する信頼信用が失墜しています。

もちろん上に挙げた個々の権威には従来から個別にいろいろ批判はありました。

しかし今回様相が違うのは、これらの権威が皆同じ事案でつるんで一斉に信頼を失墜させるような利益優先で国民不在の情報操作や誘導のようなことをした疑惑が出ているところです。

これでは人々に中にこれらの権威的組織に頼らず、これらの権威の中で善良で信頼のおける人たちとのみ連携したカタチでのバーチャルも含む独自のコミュニティを創ろうとする動きが出てきても不思議ではありません。

というか、出てくるでしょう。

これが社会の地殻変動に繋がるというわけです。

ただし、この変動は明治維新のように短期で国の仕組みが変わって舞うようなものではないと考えます。

なぜなら、いくら信用が失墜したと言っても、行政の組織特に地方の行政組織がまだ残っているからです。

(ただしそれ以外の組織は医師会のように事実上利益誘導組織化しているようなところもあり、個別に信頼のおける人をピックアップしていく必要になるのではないでしょうか。

そういう意味では政党もそのありかたが変わることになるでしょう)

私が明治維新に加えて鎌倉幕府誕生を例に出したのは、上のような背景がありました。

鎌倉幕府が誕生した時まだ京都の朝廷組織は権威としてはまだ健在でした。

鎌倉幕府は今風に言えば社団法人坂東武士草の根コミュニティみたいなものです。

しかしこのコミュニティが源平合戦を経てやがて幕府という公認の組織となり、その後約30年後承久の変を経て京都の朝廷をしのぐ権力も利益誘導力も持った全国組織に発展していった、という感じであったと私は解釈しています。

この例から考えて、今回の変化も既存の行政は残ってはいますがその行政の信頼に足る形で出来ることに限界が見えてきた、ということが背景ですので、行政と並列していく形でコミュニティによる助け合いの実効性が国内の隅々にまで浸透していくには、それなりの時間がかかるのではないかと考えています。

 

しかし、変化は確実に起こってきます。

それに伴い人々の価値観が変わっていくことになるでしょう。

今回の権威の信用失墜の背景には明らかに利益誘導という金銭的物質的欲求つまり物質偏重の価値観がありますので、コロナの脅威が今より少なくなり人々が冷静さを取り戻すにつれてそのような価値観に対する強い反省の総括が起こることになろうかと思います。

そうした動きの中では、例えば人生の中の比較的長い期間高額の出費をした上で所有していくことを前提とする持家について考えた場合、世の中が変化していく過程で家という財産を持つことはステイタスなどというような従来一般的であった価値観は考え直されていくというのが自然の流れというものです。

つまり、ここまで長々書いてきましたが、今後大きく社会の在り方とその背景となる人々の価値観が変化する可能性が強い今現在、「私も社会人として一人前になります」くらいの横並びの価値観を背景とした考えで家を買おうかとなどと思っているそこのあなた、しばらく様子見が正解ですよ、というわけです。

もちろん何らかの個人的なのっぴきならない事情があるなら別ですが。

そのあたりは個人個人の判断と事情によるいうことです。

 

では物質偏重の価値観の総括はどのような価値観を生み出すのでしょうか。

当初は物質偏重へのアンチテーゼとして精神偏重、自然偏重に偏ったスタンスが社会的に生まれるかもしれません。

当然このスタンスの中で社会生活上役に立つ考え方や生活スタンスは非常の多くあると容易に想像できます。

しかしこのような精神主義のみでは早晩呪術的社会に陥ってしまい、近代社会で育った多くの人々にとって受け入れられるものではないでしょう。

幸い現実は上で書いたように既存のシステムはそれを構成する人間のモラルの著しい低下により信頼失墜のカタチで形骸化したわけであり、そのシステムそのものの有効性が無くなっているわけではありません。

ですから、既存のシステムに精神偏重のスタンスをミックスし、精神的価値観と物質的価値観がバランスする形で活用するということが現実的でありまた有効な活用の仕方ということになります。

 

そして今や本当の意味で社会の表舞台に出てきた、様々なコミュニティを通して横の連携をしていこうと模索するいわゆる次世代価値観に目覚めつつある一団の人々が、上のようなシステムに馴染んでいくためには、その社会的な基盤となる共通認識なり哲学のようなものは必ず必要になります。

裏を返せば、この共通認識がないと社会は変革していかないと考えられます。

ここでもって、私がいつも言っている精神と物神を統合しそのバランスを取るというテーマが出てくるというわけです。

 

そして、そのテーマに人々が草の根レベルで理解しまた馴染んでいきためにはいろいろな方法があろうかと思いますが、私が考えている「地と人は繋がっており一体です」から始まる「土地親和論」の概念を理解し実践していくということもその中では有力な一つの手段になるのではないかと考えているところです。

 

くどいようですが、兎にも角にも今は不動産も何も様子見が肝要。

何かと世上騒がしい折ですが、当面心を落ち着かせ物事の本質を探る態度に勤めていくことがよろしいのではないでしょうか。

 

  

(参考)

 

「土地親和論」を以下のように提示します。

 

「地と人は繋がっており一体です」

したがって、

「これからは、人はそれを自覚し、地に足を付け、地に感謝し、地を清め浄化し、また地から必要なものを豊かに恵んでもらい、地やその元である地球のありとあらゆる生命やモノ・コトと助け合いながら、また人々も助け合いながら生きていくという哲学を基盤として、新しい社会やコミュニティを皆で知恵や工夫や情報を出し合い創っていきましょう」

土地親和論 ‐ 200年に一度の歴史感覚と今は不動産も何も様子見の時(その1)

突然で恐縮ですが、モデルナとファイザーワクチンの異物混入のニュースは改めてコロナワクチン接種の良し悪しに波紋を投げかけています。

両ワクチンは多くの人が接種をしており、デルタ株を始めとするコロナウイルスの変異や未接種者の動向も絡みあいながら、日本民族の今後の健康の行く末に不透明感が漂っています。

また、既にコロナワクチンの接種推進の過程に関して意識的あるいは無意識の違和感に基づく検証が草の根レベルで一斉に始まってきていることは間違いなく、その結果草の根レベルでは政治、マスコミ、行政、医師、大企業等これまで権威権力を持っていたところに対して信用が出来なくなったとして、その信頼感が降下していると見て間違いないでしょう。

戦後75年営々として築いてきた権威が、自らの奢りによるものかはたまたそのピラミッド的組織形態がもはや時代にそぐわないものになってきたということか、信頼信用失墜というカタチで権力を失ってきているのです。

少なくとも私はそうであると見ています。

 

NHK大河ドラマで、渋沢栄一を主人公にした物語が展開されています。

今はちょうど260年余り続いた江戸幕府が倒れ、明治政府が出来たばかりの頃を描いています。

今回の大河ドラマは幕府目線で描かれていますので、江戸幕府がその時代急速に進む国際商業化の波に対して上手く対応することが出来ず、結果としてその役割を終えていったという様相がよくわかる内容となっています。

武士を頂点とする江戸の幕藩体制が時代にそぐわないものになっていたということです。

ですから変わらざるを得なかったわけです。

 

たまたまアフガニスタンタリバンがその支配を固めつつあり話題になっていますが、アフガニスタンという場所は東西南北に通じる交通の要衝に当たり比較的その支配の変化が激しいところ、つまり近隣地域にまたがる英雄が出現しやすくまたその支配者も変わりやすい地域でした。

それに比べて日本は島国ですのでそれほど支配体系が頻繁に変わっては来なかったといえようかと思います。

そんな日本の中で明治維新と並びドラスチックに支配体系が変わった数少ない例として鎌倉幕府の誕生が挙げられるのではないかと思います。

比較的支配の体制が変わらない島国日本でその体制が変わるということは、非常に大きな内部あるいは外部の要因が存在していた時と言えましょう。

 

この鎌倉幕府の誕生は、それまで絶対的な権威権力を持ってはいたがその当時にはその実力がその権威権力に遠く及ばなくなっていた平安貴族に対して、チカラをつけた武士がその実力通りの権力を奪取した出来事であったと私は理解しています。

歴史的には平家が平安貴族と鎌倉武士の中間に存在し、一足先に武士として政権を奪取はしていたのですがその後急速に貴族化してしまったということで、平家隆盛時はその前段となる保元平治の乱を合わせ重要な中間期とでもいうべきでしょうか。

いずれにしましても鎌倉武士政権の誕生は、それまでの貴族が能力やチカラがあるという伝統や権威や荘園等の既得権に基づく虚像から、文字通りチカラのある武士がその力に応じた権力を持つという実像に転換していった事例ではないかと私は考えています(歴史学の専門家からは色々ご指摘はあろうかと思いますが、今このブログで触れようとしている内容に沿って考えれば、このような解釈もあるということをここで書いておくことは必要かと思います)。

 

蛇足ですが、この他織田信長から江戸幕府誕生も一つの大きな節目でしょう。

この時は鉄砲という外来武器が大きな役割を果たしたように思えます。

なおここでは、鎌倉幕府誕生と明治維新について引き続き考えていきたいと思います。

 

それでは、現在はどんな時代なのでしょうか、

私は、鎌倉幕府誕生、明治維新に匹敵する、いやそれ以上の変化の時代に突入した可能性があると考えています。

今回はコロナとコロナワクチンいう黒船と、上で書いた権威への信頼感の失墜によってです。

 

繰り返しますが、私達は今現在歴史的変化の時代に生きていると考えています。

 

続く

パラリンピックが終わると世の中騒がしくなりますよ。こんな時は敢えて肩の力を抜いていきましょう。

明後日から9月です。

今日あたりまだ暑いですが。

 

今度の日曜日でパラリンピックも終了とのこと。

まずは無事に大会が終了することを、また出場者の皆様のご健闘を心から祈念いたします。

 

ところで、政治日程は名目上パラリンピックが終了すると同時に本格的にスタートするとのこと(実質的には今総裁選たけなわと言えそうですが)。

いよいよ総裁選、更に衆議院選挙とこれから2か月弱政治の季節が続きそうです。

またコロナとワクチンについてもあたかも政治の動きを横目でにらむかのようにここにきて相反する情報が出てくるようになってきており、その動きが激化するとともにコロナとワクチンの行方に対してますます不透明な状況に陥ってしまうことになるでしょう。

この状況を受けワクチン接種に対するスタンスで国民が分断するなか選挙が行われていくという異例の流れになりそうです。

 

海外もアフガンは言うに及ばず、コロナパスポートを巡ってのヨーロッパの激しいデモの行方、固唾を飲んで見守るイスラエルファイザーワクチン3回目接種の動向など、これからが本番を迎える話が目白押しです。

 

したがって9月以降のキーワードはしばらくの間「混乱」「不透明」になりそうです。

しかも恐らく戦後経験したことのないような極度の混乱と不透明です。

私達個人個人もこんな状況では心も身体も落ち着いていられないでしょう。

 

しかし、だからこそ肩の力を抜きましょう。

9月以降世の中がかつて経験したことのないほどの不透明になるということは、かなりの確率のそれは更なるかつて経験したことのない大変化の前触れであろうと考えられるからです。

 

ですから、こんな時こそ肩の力を抜きましょう。

そうすればかなり視界が良くなりますので、少なくともマスコミに煽られて自らの目が曇ってしまい軽挙妄動することは避けることが出来るでしょう。

 

そして、この後来るであろう大変動に備えましょう。

そのために、大きく息を吸ってはいて、肩の力を抜きましょう。

落ち着きますので。

今は何よりそれが大切です。

 

 

 

 

 

情報開示の話 2021年8月28日現在 

先月の「8月から起こりそうなことの予告編」というブログで、私は8月以降起こりそうなテーマの一つに情報開示を挙げていました。

 

気になる情報が中途半端にボロボロ出てきていますね。

ちょっとそのペースが私の予感よりかなり早いような気がしますが。

 

・ ワクチンの効果性についての新情報と3回目接種の既成事実化の進展

・ モデルナの混入事件と、「これいろんな意味で意図的なんじゃない?」という秘かな噂

・ アフガン撤退と、バイデンにはアフガンで9.11の再現は出来ないという都市伝説

・ 相変わらずトランプと大統領選挙不正調査の行方。最初の山場が近いかも。

・ コロナと武漢とファウチとファイザーとバイデンとオバマアメリカ民主党の話

・ 横浜市長選の結果に垣間見えた庶民の怒りマグマが思いのほか大きいかも。

・ フランスワクチンパスポート、あまり守られていないみたいな一部情報有

  ただしこれについての日本マスコミによる報道一切なし

・ アメリカにおけるコロナワクチン正式承認の背景と、それに伴うワクチン接種

  義務化に関するフランス化しそうな今後の見通しと承認されたファイザー

  まだ爆弾情報有の噂

 

ちょっと挙げて見ても、これだけ情報開示の煙が見えてきます。

あくまで煙ですが。

そして私には、まだ確たる合理的な根拠はありませんが、このそれぞれの情報がすべて繋がっていて今後の大きな本当の情報開示への序章のような位置づけを果たしているような感じがしてなりません。

台風が来る前に風が吹き始めたような感じ、といいましょうか。

すみません、今はまだ感じとしか言えませんが、情報が出てくる流れが速くなっていることは確かですから、私の予感があたっているかどうかはそう遠くない時期にわかるような気がしています。

 

いずれにしても、今後社会は非常に大きく変化していくことは間違いありません。

皆様の中には今はまだ早いように感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、今後起こるであろう大きな情報開示という衝撃の儀式を経た後に生まれ始める新社会創造への胎動とその中での自分の在り方について、今から考えておくことが必要な時期に入ってきたと私は確信しています。

 

このブログでも、今後アフターコロナをより意識して書いていく必要があると思っているところです。

コロナの話題で何故か光があたらないストレスと免疫ついて思うこと(その2)

昨日のブログの続きです。

 

まず私の想像によるといいましょうか予感によるといいましょうか、今後の見通しから書きだします。

十中八九ワクチン接種の万能性の感覚は薄れていくと思いますので、これからは自然の免疫がもう一度クローズアップされてくると感じています。

それどころかネット等の情報を精査すると、自然の免疫力を高めるにはどうしたら良いかについて既に多くの方が考えられているようですので、今後それらの人達を始めとしてそれなりに多くの人が自らの免疫について真剣に考え情報を交換するようになるのでないかと感じています。

 

その理由は、これまでのブログでしばしば書いてきましたが、これからは精神と物質のバランスをとる、統合する、ということが社会的なテーマになっていくからです(ブログでたびたび書いてきたことですので、ここでは結論のみとしてその背景等についての詳しい説明は省略します)。

 

ではもう少し詳しく書きます。

まずコロナが出てきました。

実は当初は日本人の食生活などがコロナに有効に働いているのではないかとの情報はかなりありました。

日本人の伝統的な家庭の食卓に免疫力アップに有効と考えられるものが多く並んでいたからです。

しかしこの辺りの雰囲気が吹っ飛んだのは、ワクチン出現後、そして河野大臣の陰謀論排除のあたりからで、その後自然の免疫を語ることそのものが陰謀論や迷信のようなものとして憚られるような社会的雰囲気に支配されるようになったかと思います。

しかしこの雰囲気は良く考えれば非常に非効率的なことをしているように私には思えるのです。

それは、せっかく免疫力を高める日本人の日常の食という歴史的資産があるのに、それを研究し活用しないという非効率です。

日本独自の自然を生かす武器を自ら放棄し西洋式思考による人工免疫という輸入品の一本足で勝負するという、私から見れば日本人らしさがなくかつリスクヘッジの効かない大陸的発想による柔軟性の欠けた戦略のようにも思えます。

そう、今回のワクチン政策には和魂洋才のうちの和魂が感じられないのです。

そしてワクチン接種を推進している方たちの言動にも、私には心なしか和魂が感じられないのです。

 

しかし滔々と進む精神と物質の統合の流れは変えられません。

ワクチンを接種しても完璧でないことが、どうやら判明してきました。

そうなるとワクチンを接種していようが接種していまいが、自己でも引き続き防衛するということが草の根レベルではキーワードとして再浮上してくる機運が生まれてきました。

 

そうなるともう一度食が見直されるでしょう。

それを予感させるように、時同じくして飲み薬の話題が頻繁に出てくるようになってきています。

 

そしてそれと同時に免疫力を高めるために心と身体のバランスをとるということがキーワードになり、心を落ち着かせることの重要性もスポットライトが当たることになると感じています。

精神と物質の統合というテーマが出てくるというわけです。

 

もっと早くここのポイントにもスポットライトが当たってもいても良さそうに思えますが、ライトが当たる前にワクチン接種なり陰謀論なりの話しが出てきてしまったように思います。

「時」の視点で見れば、ワクチン以前はまだその「時」ではなかったということになります。

一度、精神と物質がアンバランスな前時代の唯物論を体験する必要があったのかもしれません。

今が物質一本足の終期を迎えつつあるように思います。

ねぜなら、ワクチン接種への誘導が次第に強引になり、ワクチン接種に恣意的で強制的な活動や情報の拡散が素人の私にも目につくようになってきたからです。

こういう時は、歴史的に見ても大体終了が近いのです。

幕末の井伊大老安政の大獄のようなものです。

今回は世界的規模ですので、精神と物質の統合を隠れテーマとした世界的変革のようなものが今後起こるかもしれないという予感も醸し出されています。

 

そしてその「時」が来るのです。

心の安寧が免疫力を強化するのに有効であるということが強く認識されるような「時」です。

そうです。

精神と物質のバランスをとる、統合、ということです。

その時は私が展開している「土地親和論」も、お役に立つことが出来るかと思います。

 

良き食、良き心、そしてしっかりとしたエビデンスのある安く誰にでも手に入る薬、これがセットということかもしれません。

もちろん引き続き必要に応じて安全が担保されたワクチンを接種していく人も当然多くいるでしょう。

当たり前のことですね。

今はまだワクチン接種に目が行きがちですが、流れから言うとこういう草の根レベルの動きが意外と早く表面化してくる、私はそんな予感がしています。

 

それから大事なことをもう一つ。

その時は当然ですがワクチン接種した人も接種していない人も関係ありません。

皆で助け合うということです。

もし人々が反目し言い合いをしていたら、ストレスが溜まりますので。